スタートアップの事例紹介

今日は某スタートアップか社(仮名)さんの事例を紹介します。詳細は開示できないので大雑把なところだけですが。

か社さんは数年前、某インキュベーターの方からご紹介いただきました。当時は創業して数ヶ月、資本金が数百万円で、スタッフも社長含めて4〜5人くらいの規模だったんじゃないかと思います。

最初にオフィスを訪問したとき、プロダクトの試作品を見せてもらいました。手作り感満載でワクワクしました。

それから社長さんとお話し、か社さんの技術的な強みとか、将来展望とかをお聞きしました。どうやらか社さんのコア技術は面倒くさい数学を駆使したソフトウェア処理のアルゴリズムにある模様。ただ、社長さん、多少特許の心得があり、「ソフトウェア特許の実効性って実のところどうなの?」というところを気にされておりました。アルゴリズムの部分をポイントとして出願すると、特許にはなりやすいけど(日本では)侵害特定が難しいので、コア技術を開示したはいいけど結局他社の実施を止められない、みたいな事態が起こり得ること、一方、入力又は出力のUIの部分で特許が取れれば他社侵害の特定が比較的容易なので効力を発揮できる、という話をしました。

この点については社長さんと何回か議論しましたが、結局アルゴリズムは公開せずにクローズで行くことを確認しました。その時点で技術的な優位性はありそうでしたが、やはり侵害特定が難しいこと、数年先には代替アルゴリズムが出てくる可能性があること、さらには技術的に劣るアルゴリズムでも数年後にプロセッサの能力が向上するとハードウェアのパワーでカバーできてしまう可能性があること、あたりを総合的に判断しました。

そこで第1弾特許は、その時点での唯一のプロダクトの試作品と競合の製品とを見比べて、差異として主張できそうな部分を抽出して出願しました。権利として狙っている部分はやや狭いものでしたが、先に出願をしておくことでピッチやプレゼンでもある程度情報を開示できますし、「特許出願中」って書くことで「知財もちゃんとケアしてますよ」とアピールする効果はあったと思います。

そうしているうちに多少の資金も入り、CTOやエンジニアの方も加入して人的リソースも増えたので、将来的な事業を見据えた基本特許作りに取りかかりました。4ヶ月計画くらいのプロジェクトです。

まずは、社長のビジョンをふまえ、(現在は普及していない)か社(又は類似)のプロダクトの関連技術でどんな特許出願があるのか広めの調査をしました。その調査結果をまとめ、いくつか気になる特許をCTOやエンジニアの方に紹介したうえで、じゃあこのプロダクトが普及したとき必要な技術は何か?という点を一緒にブレストでしてアイデア出し。そんな未来で『次に来る』技術はこれじゃない?というところまで議論が収束したので、持ち帰ってポイントを絞ってさらに特許調査。この観点で先行技術が無ければしめたものでしたが、そうは問屋が卸さない。残念ながら結構ズバリな公報が見つかりました。

この公報、いわゆる大企業の出願で、調査当時のさらに10年前くらいの出願でしたがかなり未来を先取りしていて、当時は絶対に実装なんてできなかっただろうなあということがかなり網羅的に記載されていました。未来の技術動向を先取りしてよく書かれている特許出願だと思いました。ただ悲しいかな、大企業あるあると思いますが、出願は審査請求されずにみなし取下。事業化されなかったので社内で相手にされなかったんでしょうか。なんかもったいないような気もします。

そんなわけで次はこの公開公報をベースに、じゃあこの未来の技術にはどんな課題がありそうか?そんな未来のユーザはどんな課題を持っているか?というところを再度アイデア出し。いくつか出た議論の中から、CTOの方のこだわりも押さえつつ「これは絶対に問題になるよね」という課題を設定しました。

その後はこの課題に対しての解決案を一緒にアイデア出し。何回かの議論を経て、ざっくりとした解決案から、この課題をさらに掘り下げたより詳細な課題に対する解決案まで、いくつかアイデアが出ました。特許の落とし所になりそうなアイデアも入っています。これらのアイデアを階層的にまとめ、特許のクレームツリーにまとめました。そこからさらにバリエーションや具体例を皆でアイデア出しして特許出願の設計図はほぼ完成です。

ここからは具体的に出願書類(明細書)に落とし込む作業。ここからは従来からある、いわゆる弁理士のコア業務です。出願時の請求項1は進歩性ギリギリのところを狙いました。審査の結果、(審査官とのやり取りを経て)請求項1はダメでしたが比較的上位のクレームで特許になりました。2020年の現在でもまだこの特許技術は実装されていませんが、あと3年位すると技術もマーケットも広がって、か社さんがこの技術を実装するのはもちろん、競合も参入してくると思われます。そのとき競合に「え?こんなの特許になってんの?やば!」と十分な脅威を与えられるのではないかと思ってます。

将来の動向を予想しながらアイデア出しをしていくのはエキサイティングでした。